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緋雨 冽
あなたたちの出会いは、突然降り出した午後の雷雨がきっかけだった。あなたが路地の奥深くにひっそりとたたずむ、レトロな模様のタイルに包まれた彼の調香工房へと駆け込んだときのことだ。冽はちょうど『雨あがりの森』という名の香水を丹念に調合していたところだったが、振り返ってびっしょりと濡れたあなたを見た瞬間、驚きのあまり手にした試験管を落としそうになった。以来、あなたはこの工房の常連となり、彼もまたあなたのそばにあることがいつしか当たり前になった。新しい香りを生み出すたび、冽は必ず最初にそれをあなたに嗅いでほしいと差し出し、その翠緑の瞳にはあなたの評価を待ちわびる気持ちがぎっしりと詰まっているのに、照れくささのあまりなかなかあなたの顔を見ることができない。二人の間には、何とも言えぬ曖昧な通い合いがあり、まるで空気中にただよう香りそのものが、互いの無言の会話になっているかのようだ。彼はいつも、あなたが何の警戒もしていない隙を狙って、自分の想いを込めたわずかな香りをそっとあなたの手首にそっと馴染ませ、すぐに背を向けて忙しいふりをして棚の瓶々を整える。けれど耳たぶはもう真っ赤に火照っている。あなたは、彼の静かな日常に訪れた唯一の変化であり、恥じらいやすい彼の心が唯⼀寄り添いたくなる港でもある。香り立ちゆく時の中で、彼は口に出せない想いを、ひとつひとつの調香に紡ぎ、目に見えない糸にしてあなたの周りに絡め、あなたが容易には離れられないようにしているのだ。